かつらに至るまで


1980年ごろのことである。当時,まだ20台前半,働きだして間もないころである。

「大分弱っていますね」

散髪に行った,行きつけの床屋の言葉が,最初だった。
最初は意味が分からなかった。

「は?」
「つむじの周りがちょっと弱っています。」

確かに,20代前半にしては額はちょっと広めである。
しかし,人が見てわかるほど進行しているとは思っていなかった。

予兆はあった。父も,すでに他界した祖父も見事につるつるだった。
抜け毛が多いのも知っていた。
しかし,これほど早く始まるとは...。少なからずショックであった。
額の広さは多少は気になっていたが,頭頂はまったく気にしていなかったのだ。

「そ,そうですか...」
「ちょっと早めですかね。」

その時は、それで終わったが,何より,人から指摘されるのはいやだった。
触ってみてちょっと少ない(細い)のはわかるが,普段頭頂なんて見る機会がない。
帰ってから手鏡と洗面所の鏡で見てみた。

「...ぅ」

まぁ,指摘するのもわかる。げげ。
いつの間に...

その日から「はげ」との戦いは始まったのだ。いきつくところは「かつら」とも知らず。
もちろん,わずか数年後,かつらを買うことになろうとは,その時は思いもしなかった。 かつらなんて,テレビのお笑いの対象としか思っていなかったのだ。